世泣き爺~イソップ寓話編「鵞鳥と金の卵」
ぐわっはっはっはぁ~~~っ!
久し振りじゃのう、皆の衆~~~っ!
ワシじゃよ、ワシ。
ほら、空飛ぶ……じゃなくて、世泣き爺じゃよぉ、あおおおおおんっ!
……と、悪ふざけはこの位にして、先に進もうかのう。
本日のイソップ寓話は「鵞鳥の金の卵」じゃ。
まあ、皆知っているとは思うが、簡単に触れておくかのう。
或農夫が鵞鳥を飼っておったそうな。
その鵞鳥が毎日一個金の卵を生み、農夫は金持に成ったんじゃ。
しかし、農夫は更に欲を出して、もっと一度にお金を大量に得んとして、鵞鳥の腹を割いてしまったんじゃ。
勿論、鵞鳥の腹にはなぁ~んにも入っとらん。
おまけに鵞鳥は死に、ガチョ~ン!
この寓話の教訓は人間欲の皮が突っ張り過ぎると、却って富の大元を失ってしまうという事を指しておると言われておる。
石油採掘や森林伐採など現代でも充分に説得力のある寓話じゃな。
地球にある資源は決して無尽蔵ではない。
利益を得んが為に破壊された自然は簡単には元に戻らない。
地球が我々に齎す金の卵、それは自然あっての物種じゃ。
先の事を考えず、今さえ良ければいいと言うのでは、それは鵞鳥の腹を割いて殺してしまうのと同じじゃ。
そして、現在地球なくして人類の生きるべき場所はない。
常日頃からその事を肝に銘じて行動したいもんじゃの。
ところで、この寓話、資源問題だけでなく、経済にも言える事じゃと思う。
一度に大儲けしようとして失敗する会社とか、会社に利益を齎してくれる人々即ち金の卵をそれとも気付かずに簡単に切り捨て、机上の空論を弄び、余計に苦しくなる会社とか。
働く者がいなくなったら、その会社は成りたたない。
それは国家にも言えるのう。
民なくして国家は存在し得ない。
要するに、金金と騒いで、人という資源(金の卵)をないがしろにしては却って自分の首を絞める事に成るんじゃ。
一人だけで生きていける人間などいやしない。
地球によって、そして多くの人によって自分が生かされているのだという感謝の念を忘れず、日々を前進していきたいものじゃ。
まあ、ワシがこんなところで偉そうな事を言ったとて、世の中が変わる訳ではないんじゃがのう。


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