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June 30, 2009

マイケル・ジャクソン追悼

本日は先日亡くなったマイケル・ジャクソンに関して採り上げるので、予定していた「世泣き爺」は休載致します。

マイケル・ジャクソンは1958年8月29日、インディアナ州ゲーリー生まれ。
五歳にして兄弟バンドの一員と成った彼は、1966年に4人の兄達とジャクソン5を結成。
次第に評判を高め、1968年7月にモータウンと契約。1969年10月、シングル「帰って欲しいの」でメジャー・デビュー。これが全米一位の快挙。
次のシングル「ABC」は何とビートルズの「レット・イット・ビー」から首位を奪取します。
そして、彼らはデビューから4曲連続No.1という快挙を達成。
1971年、マイケルはソロとしてもデビューを飾りますが、マーヴィン・ゲイやスティービー・ワンダーらがニュー・ソウルと称される新たなポップ・ミュージックを生み出して行くのに影響を受け、やがてジャクソン5はモータウンと対立。
1975年、ジャクソン5はモータウンの社長令嬢と結婚していた兄ジャーメインを除いてエピック・ソニーに移籍し、ザ・ジャクソンズと改称。
1978年、マイケルはクインシー・ジョーンズのプロデュースにより、ソロ・アルバム「オフ・ザ・ウォール」を発表。
これが世界的に大ヒット。マイケルの評価を俄然高めます。
そして、1982年、クインシー・ジョーンズと再び組んでソロ・アルバム「スリラー」を発表。
全世界で累計1億400万枚(実際には6500万枚程度とする説もありますが)という史上最多売上を記録。
押しも押されぬスーパー・スターとしてその人気は世界的に爆発的なものと成ります。
1985年にはUSAforAFRICAに参加したり、大好きなビートルズの全楽曲を買い占めたり、レーガン大統領と握手した際、手袋をはめたままだった為、一部から批判を浴びたりと何かと話題を振り撒き、
1987年にアルバム「バッド」、発表。同年来日し、日本中が熱狂的なフィーバーに包まれます。
その後、1991年に「デンジャラス」、1995年に「ヒストリー」、1997年に「ブラッド・オン・ザ・ダンス・フロア」、2001年に「インヴィンシブル」を発表。
しかし、黄金の輝きに満ちていた1980年代に比べると、1990年代以降のマイケルは次々と困難に見舞われ、やがてそれで疲れ果てたか、2001年の「インヴィンシブル」以降、ベスト盤(新曲が含まれている物もありますが)ばかり発売され、生きながらにして過去の人と成りつつありました。
最大の困難、それは1993年に浮上した少年への性的虐待疑惑を始めとする訴訟の多さ。
マイケルの金目当てに1500以上もの訴訟が起こされたといい、これでは疲れても当然です。
多額の借金も発生し、千代田区程の広さを誇る豪邸ネヴァーランドをその返済の為に2008年11月にロスの民間企業に譲渡しています。
また、1990年代後半にはソニーとの確執が深まり、マイケルに追い討ちをかけます。

そして、50歳という若さでマイケルは亡くなってしまいました。
晩年は裁判や整形、借金ネタなど、音楽以外の事で消耗し、落ち目と囁かれたりしましたが、凝りに凝った内容故に今尚史上最高との呼び声が少なくない「スリラー」を始めとするプロモーション・ビデオの存在価値を俄然高め、ポップス界に一大変革を齎したその功績は決して消え去るものではありません。

黒人と白人の垣根を超えた存在と成った事も忘れては成らないでしょう。

それを成し得たのは、プロモーション・ビデオにおける踊りや演出効果、そして軽快なリズムと親しみ易いメロディーを持ち、踊りに適した音楽にある事は間違いありません。
ビートルズ以来、ロック&ポップス界はアーティスト志向が高まり、次々とカリスマが出現しましたが、マイケルはエンターテイナーに徹しました。
そういう意味ではエルヴィス・プレスリーと共通性がありますが、エルヴィスは踊る歌手といった感じだったのに対し、マイケルは歌うダンサーみたいなところがあり、より踊りを追求していった気がします。
また、ビートルズやジェームズ・ブラウンなど偉大な先達から多くの影響を受けつつも、常にマイケルならではの個性に溢れているところも、彼の非凡なところでしょう。

私は、どちらかと言えばアーティスト系信奉者であり、あまりマイケルの熱心なファンではありませんでした。
また、同じ時期にプロモーション・ビデオで一世を風靡したミュージシャンではデュランデュランの方がマイケルより好きでしたが、それでも彼のナンバーを即座に何曲も思い出す事が出来ます。
「スリラー」「今夜はビート・イット」「ビリー・ジーン」「バッド」「ロック・ウィズ・ユー」……。

昔は、マイケルの曲なんて映像とセットでなければ価値がない、などと思っていましたが、今でもこうして私の印象に残っているという事は、それだけ彼の個性が光り輝いていたという事の証でもあります。

亡くなってみて、改めて彼が史上最高のミュージシャンの一人であり、「キング・オブ・ポップ」という呼称も大袈裟ではないという事に気付きました。

慎んでご冥福をお祈り致します。

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June 25, 2009

BOSS

フジテレビのドラマ『BOSS』の最終回を観ました。

軒並み低迷を続ける4月~6月期のドラマの中で、平均視聴率が15%を超えているのは木村拓哉主演のTBS『Mr.BRAIN』(21.08%)と、この『BOSS』(16.70%)だけ。

何れにせよ、このドラマ、コメディー部分は少々悪ノリ気味でしたが、私はまあこの程度なら遊び心があっていいんじゃないかと思えましたし、天海祐希を不動の軸として、他の出演者達も各々のキャラが出ていたと思います。

そして、最終回も私にとっては期待に応える内容でした。
新聞の番組欄の見出しで或程度展開が想像出来てしまったとはいえ、ポール・ニューマン&ロバート・レッドフォード主演の名作映画『スティング』を思い出させる仕掛けは、映画好きなら思わずニンマリですね。

まあ、今日は他に既に執筆しているものがあるので、手短ですが、この辺で。

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松坂投手

先日何気なくネットを閲覧していたら、「松坂 大輔 西武逆戻り情報急浮上」という見出しが躍っていました。

今シーズンの松坂投手は1勝5敗、防御率8.23で、地元ボストンでは「1セントの価値しかない」とこき下ろされているそうです。

松坂投手は本人と球団合わせて推定120億円という破格の金額でレッドソックス入りしました。
それが今や1セントしか価値がないと見なされているのです。
期待が大きかった分、失望もまた大きいという事でしょうか。

今年の不調の原因がWBC出場にある事は間違いないでしょう。
そもそも各選手がシーズンに備えて調整すべき時期にWBCが開催される事自体が事態をおかしくしているのだと思います。
WBC出場選手は、その分早めに始動せざるを得ないし、勝負の世界ですから、手を抜く訳にはいきません。

日本の投手陣の大黒柱とも目される松坂投手は、WBCにおいてはその存在感を見せ付け、2大会連続でMVPを掌中に収めました。
しかし、WBC優勝の為にはらった代償はあまりに大きく、シーズンの不調に繋がりました。

こう成ると、WBCの開催時期が秋とかに移動しない限り、MLBがWBCに選手に出場許可を与えなくなる可能性が高まって来ると思います。

結局プロの球団に所属する以上、其処で好成績を収める事が出来なければ、球団はその選手を見限ります。
活躍して貰う為に大金を出しているのですから、幾らWBCで活躍しても、チームに貢献し、金額に見合った成績を収める事が出来ないのであれば、球団にとってはWBCは害悪以外の何物でもありません。

何より現行のままでは、WBCが選手に過度の負担を強いる事は明白です。
いい選手がどんどんそれで潰れて行ったら、それこそ世界の球界にとって逆効果でしょう。

松坂投手が今後本当に西武に戻るのかどうかは分かりませんが、改めてWBCの開催時期や試合方式を検討すべき時期に成って来ていると思います。

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June 23, 2009

太宰 治

生誕100年という事で、今年は太宰 治の小説が非常に売れているそうです。
しかも、購入層は若者が多いとか。

まあ、中高年の中には既に太宰を読んだ事があるという人も結構いるとは思いますが、一方で、「太宰は暗いから……」と敬遠する向きも少なくなく、逆に「本離れが進んでいる」と称される若者の方が抵抗感なく彼の作品を受け容れられるという事でしょうか。

何れにせよ、今の若者は無関心とか食わず嫌いが多いとかよく言われていますが、特に若者の間で熱心に太宰作品が読まれているのは決してそうではないという事を示しており、嬉しい限りです。

太宰作品の人気の秘密、それは時に「マイナス思考」とバッサリ切り捨てる人もいますが、彼の内面の葛藤が赤裸々に綴られているという点に尽きるでしょう。
衣服や髪型は時代に応じて変遷しても、肉体や人間の本質はそう簡単に変わるものではありません。
芸術や娯楽の中には時代に合わせるあまり、衣服や髪型を整える事ばかり考えて、結果的に歴史から消えていった作品もありますが、後世に残る作品というのは、どの時代に成っても変わらない人間の本質・普遍を示しているから、それが多くの人々の共感を得て、今に語り継がれているのだと思います。

そして、人間が変わったと言われる今の世ですが、若者の間で太宰が共感を得ているという事は、人間という生き物の本質はあまり変わっていないという事を如実に示していると思います。

今、世界中を襲っている深刻な不況は、多くの失業者や自殺者を出し、生きるという事と真剣に向き合おうという人々が増えています。

こんな時だからこそ、苦しみもがきながらも一筋の光明を見出して前に進もうとする太宰作品が多くの人々の共感を得ているのでしょう。

今回の太宰人気が一時的なブームに終わったとしても、やがてその中から新たなムーブメントを起こす人々が出現して、今後も彼の作品は語り継がれていく事でしょう。
人間という生き物の本質が変わらない限り。

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June 19, 2009

今月の映画~『ヱヴァンゲリヲン新劇場版・破』

庵野秀明氏は、
1960年5月22日、山口県宇部市生まれ、
1983年、『風の谷のナウシカ』の原画に採用され上京、
1984年、株式会社ガイナックスの設立に参加、
1988年、『トップをねらえ!』でアニメ初監督、
1990年~1991年、NHK『ふしぎの海のナディア』で一般的認知度を高め、
1995年10月~1996年3月、TV東京『新世紀エヴァンゲリオン』で社会現象を巻き起こし、翌1997年に第18回日本SF大賞受賞、
2006年、庵野個人のアニメ製作会社・株式会社カラー、制作スタジオカラーを設立、
2007年、ガイナックスを退社した日本を代表するアニメ界の巨匠です。

その代表作は言う間でもなく『新世紀エヴァンゲリオン』で、これは今尚日本のTVアニメ史上最高傑作に推す声が少なくありません。
その庵野氏が『ヱヴァンゲリヲン新劇場版・序』をスタジオカラー設立第一回作品として公開したのが2007年9月1日。
根強い人気を裏付けるかの様に、『序』は週間興行成績で初登場1位。
DVDは初回で21.9万枚、累計60万枚もの売上を記録し、BD(ブルーレイ・ディスク)も初回4.9万枚、累計6万3000枚でBD史上最高の売上を記録したそうです。
そして、6月27日。ファン待望の第二弾、『破』が公開されます。

何で庵野氏が今になってEVAシリーズを再度手掛ける様に成ったのかは良く分かりません。
若しかすると、彼は他に作りたい作品があってスタジオカラーを立ち上げ、その資金稼ぎの為にEVAを作ったに過ぎないのかも知れません。
或いは、TVアニメ版のEVAを作っていた時から、または時間を置いて観直して、別ヴァージョンを作りたく成ったのかも知れません。

中には「今更EVAなんて……」という人もいるかも知れません。
でも、そのEVA一発でずっとやっていけるのですから、庵野氏は矢張り凄いと思いますし、EVAはもはや歴史的カリスマ・アニメと称して良いのではないでしょうか。

何れにせよ、『破』がどういう風な仕上りに成っているか、非常に楽しみです。
まあ、時間がないし、映画館は物凄く混んでいるでしょうから、私はDVDで観る事に致します。

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June 15, 2009

三沢 光晴氏追悼

プロレスラーの三沢 光晴氏が亡くなりました。
13日の試合中に相手の技を受けて頭部を強打。
意識不明の状態で広島市内の病院に搬送されましたが、同日午後10時10分、還らぬ人と成ってしまいました。
享年46。

二代目タイガーマスクとして人気を博し、マスクを脱いで本名に戻してからも全日本プロレスの看板として活躍した三沢氏は、恩師ジャイアント馬場氏亡き後、混迷を極めていた全日本プロレスの多くの選手を連れて独立し、新団体ノアを設立。
人気に翳りが見え始めたプロレス界の瓦解を食い止めんと看板レスラーとして試合に出続ける一方で、経営者として運営面で苦労をし続けたといいます。
今年3月には不況の影響で日本テレビがノアの地上波中継打ち切りを決定。
金策に頭を悩ませ、心労で体調も思わしくなかったそうです。

何れにせよ、三沢氏が現在の日本のプロレス界を象徴する超大物であった事は疑い様がなく、その死の影響は計り知れない程大きいと思います。

慎んでご冥福をお祈りすると共に、他のレスラー達が三沢氏のバトンを受継いで、プロレス界を盛り上げて行って欲しいと思います。
それが三沢氏にとって何よりの供養でしょうから。

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June 11, 2009

今月の音楽~NHK大河ドラマ『黄金の日日』

NHKの大河ドラマといえば、1963年の『花の生涯』を皮切りに、嘗ては『独眼竜政宗』が平均視聴率39.7%を稼いだ他、現在でもコンスタントに20%前後の視聴率を稼いでいる人気長編ドラマ・シリーズです。

毎年その時代を代表する俳優やアイドルなどが出演する事でも話題に成っていますが、音楽好きの私にとっては、テーマ音楽も重要な要素です。

私が生まれて一番最初に観た記憶があるのは『風と雲と虹と』(1976年)ですが、これなどドラマの内容は殆ど覚えていないのに、山本直純氏(1932年~2002年)の書いたテーマ音楽は未だに覚えています。

他にも富田勲氏(1932年~)の『徳川家康』(1983年)、三枝成彰氏(1942年~)の『太平記』(1991年)、菅野由弘氏(1953年~)の『炎立つ』(1983年7月~1994年3月)、世界のエンニオ・モリコーネ氏(1928年~)の『武蔵』(2003年)、服部隆之氏(1965年~)の『新選組!』(2004年)、千住明氏(1960年~)の『風林火山』(2007年)等忘れ難いテーマ音楽が目白押しですが、個人的に歴代の大河ドラマのテーマ音楽で一番印象に残っているのは池辺晋一郎氏(1943年~)の書いた『黄金の日日』(1978年)ですね。

因みに、池辺氏は他にも『峠の群像』(1982年)、『独眼竜政宗』(1987年)、『八代将軍吉宗』(1995年)、『元禄繚乱』(1999年)を手掛けており、特に『政宗』や『吉宗』は今尚私が好きな大河ドラマのテーマですが、矢張り『黄金の日日』が私の一番のお気に入りです。

池辺氏の活動の中心はクラシックですが、TVアニメでは『未来少年コナン』(1978年)、映画では黒澤明監督の『影武者』(1980年)、『夢』(1990年)、『八月の狂騒曲』(1991年)、『まあだだよ』(1993年)、今村昌平監督の『復讐するは我にあり』(1979年)、『楢山節考』(1983年)、『うなぎ』(1997年)などを手掛け、また個人的には高校の頃聴いたバロック音楽とビートルズを融合させたアルバムが忘れ難いです。

まあ、それはさておき、『黄金の日日』です。
これは商人を主人公とした大河ドラマとしては新機軸の作品だった訳ですが、最高視聴率34.4%、平均視聴率は大河ドラマ史上3位(当時)の25.9%を記録した人気作と成りました。
当時小学生だった私にとっては、何と言っても当時ハマっていた信長・秀吉・家康らの時代を描いているのが何よりの魅力でした。
尤も、当時同じ日曜日の20時枠で日テレが『西遊記』を放映していた為、私は土曜日に学校から帰宅後、昼食を摂りながら『黄金の日日』の再放送を観ていたんですけれど。

豪華キャストによって演じられる人間模様が魅力的だった事は間違いありませんが、それと同時に私の心を強く捉えて離さなかったのが池辺氏によるテーマ音楽でした。

短い導入部の後、弦がテーマを奏し、やがて金管がそれを高らかに奏してクライマックスを築き、最後は静寂の中に消えてゆく……という構成ですが、旋律が如何にも「これぞ大河ドラマ」といった感じで、日本的情緒と時代のスケール大きなロマンを一度に体現しているんです。
映像がまたよく音楽に合っていたし、タイトルも金管が高らかにテーマを奏でるところで「織田信長 高橋幸治」と表示されたりして印象的でした。

ベタと言えばベタ。
事大主義と言えば事大主義。
王道と言えば王道。

何れにせよ、私にとって、大河ドラマのあらゆるテーマの中で『黄金の日日』が一番印象に残っている事は間違いありません。

食べ物とか女性の好みとかもそうですが、其処にはもう理屈なんて存在しません。
だからこそ、人間という生き物は面白いし、万物の存在意義があるのでしょうね。

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June 09, 2009

雑記

サッカー日本代表がW杯本大会出場を決めました。
ジーコ監督時代に比べて選手達が小粒に成ったと見る向きもありますが、結果を出す事が何より大事。
岡田監督以下選手達には素直に「おめでとう」と言いたいですね。
W杯本大会の厳しさはアジア予選の比ではありませんが、夢を夢と諦めず、それを叶える為により一層精進して欲しいですね。

6月8日は秋葉原通り魔事件から丁度一年。
本当に時の流れというものは早いですね。
しかし、尊い生命が幾つも失われた事は決して忘れては成らないと思うし、一日も早く犯人は極刑に処されるべきだと思います。

クラシック音楽界では著名な評論家・黒田恭一氏が71歳で亡くなりました。
好き嫌いは別にして、TVやラジオ、音楽雑誌などで活躍した黒田氏は或意味クラシック音楽界の広告塔の一人であったと思います。
私も彼の評論は小学生の頃から読んでいる事もあり、その死は矢張り寂しいですね。
慎んでご冥福をお祈り致します。

これもクラシック音楽関連ですが、辻井伸行(20)さんが米国の第13回バン・クライバーン国際ピアノ・コンクールで一位に輝きました。
日本人としては史上初の快挙です。
日本人が決勝に残ったのも野島稔氏以来40年振りだそうです。
しかも、辻井さんは全盲というハンディを克服しての優勝で、この快挙は幾ら称賛してもし尽くせるものではありません。
私なんて、五体満足で、彼より倍も生きて来て、何を成し遂げたかと考えると、恥ずかしく成ります。
今後、彼ならではの感性を武器に、世界中で活躍し、多くの聴衆を感動させていって欲しいですね。
本当におめでとう御座います。

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June 05, 2009

西部警察

今年は美空ひばりと並び称される”昭和の大スター”石原裕次郎さん(1934年~1987年)の23回忌という事で、改めてその軌跡が偲ばれていますが、TV朝日では現在『西部警察』を放映していますね。

これは1979年10月から1982年4月にかけて放映され、1982年5月から1983年3月にかけて『PARTⅡ』、1983年4月から1984年10月にかけて『PARTⅢ』が放映された人気刑事ドラマ・シリーズで、その最大の売りは日本のテレビドラマの常識を遥かに超えた大掛かりなアクション・シーンで、毎週の様に派手な爆破シーンやカースタントなどが盛り込まれ、正にポリス・アクション・ドラマの金字塔とも言うべき内容を誇っています。

後は石原裕次郎や渡哲也らが演じる硬派の男達の熱いヒューマン・ドラマが人気を呼びました。

今観ても、凄いですねぇ。
よくもTVドラマで毎週此処迄やったな、と思わせる大掛かりなスタントが目白押しです。
俳優陣も硬派で熱い”男のドラマ”を演じており、女性的な美少年が持て囃される現在のイケメンのドラマとは随分違います。
まあ、どちらがいいとか悪いというのではなく、それが時代の流れなのでしょうね。

何れにせよ、嘗て日本でこういうドラマが作られていたという事は忘れてはならないと思うし、一度は見ておいて損はないと思います。

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June 02, 2009

黒髪

先日オリコンが行った”黒髪美人アンケート”の結果が25日に発表され、仲間由紀恵が三連覇を達成したそうです。
他には黒木メイサ、小雪、黒木瞳、新垣由衣、栗山千明、香椎由宇、宮崎あおい、蒼井優、中島美嘉等々。
個人的には管野美穂とか木村多江とか上野樹里、井上真央といった面々も名前を挙げておきたいところですし、女優としては日本では別格的存在の吉永小百合などは今でも充分に美しい黒髪を保持していると思います。

黒髪は日本女性、即ち”大和撫子”の美の象徴であり、品格や知性を引き出し、時に清純さを、時に妖艶さを強調してくれます。
いわば日本女性が天から授かった宝物です。
まあ、黒髪の美しさは日本人だけでなく、アジア女性にも言える事で、『チャングム』のイ・ヨンエなんかは典型的な黒髪美人ですね。

勿論、日本女性の誰もが黒髪が似合うという訳ではなく、中には茶髪や金髪の方が合う人もいます。
一方で、似合いもしないのに、髪の色を変えてしまう人も少なくありません。
まあ、一番大事なのは自分の良さを一番引き出せる髪の色や髪型を選ぶという事ですね。

基本”黒髪党”の私としては、今回のアンケートで、改めて日本女性ならではの黒髪の美しさが見直されればいいな、と思った事は確かですが。

また、浴衣を含めた和服の時位は似合う似合わないに関わらず、絶対黒髪であるべきだと思います。

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